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2015.5.26 | カテゴリ:ブログ

怒りの見極め。。

ティクナット・ハン本

皆さん、こんにちは。沖縄の心理薬剤師の野原貴子です。
本日もこのブログに来て頂いてありがとうございます。^^
沖縄は梅雨の晴れ間が見え隠れしていて今朝は過ごしやすい涼しさでした。
 
 
さて、上の写真は先日、聖路加大学でセミナーのあった「ティクナット・ハン禅師」の「怒り」の本です。
私自身、又たくさんの患者さんと向き合っていて感じるのは「怒り」にどうやって対処するかというのが
大きな問題になっています。
この本の副題ともなっている「心の炎の静め方」というのが今私たちが必要としていることだと確信しています。
 
 
先日、このような出来事がありました。
80歳になる母と私と姉との間にちょっとした意見の食い違いがありました。
今でこそ振り返って、ちょっとした。。と言えますが、その時の私は母に対して怒りがありました。
それは、明らかに体調の悪い母が医療者である私の言うことを全く聞く耳持たず病院に行くことを拒否するのです。彼女の言い分は、明後日、大事な用事がある。という理由。それは私からすると取るに足りない用事で代理で私か姉が行くことも問題ないような事。
 
 
患者さんやその家族さんたちには冷静に対応することが出来ても自分の家族には感情が優先するという、いい例(悪い例?)です。^^;
私は母をコントロールしようとしていましたし(怒りで)彼女も怒りで対抗していました。
闘う猫
 
そこで、私の携帯がなったのです。
ティクナット・ハン禅師の教えに「電話の瞑想」というのがあります。(HAPPINESS ブッダの幸せの瞑想という本にあります)
それがピンときました。  叡智です。^^
 
 
ティクナット・ハン禅師は「怒り」の対処は押さえ込む事ではなくその怒りに「気づくこと」である。と言っています。
気づいたらこっちのもんです。^^
呼吸に意識を向けて、心の中で慈悲瞑想の言葉を唱えながら母が吐き出す怒りの炎をゆっくりと眺めていました。
 
 
すると、母は「貴方達の言い分も分かるけど、感謝もしてるけど、これだけは私の我がままを通させて欲しい。」と落ち着いて話し始めました。
 
 
私たちは、家族や親しい人達を自分に都合良くコントロールしがちです。
それは何も自分勝手という意味ではなく、愛がある故の言動なのです。
愛するものが苦しんだり居なくなったら困る。だって、私が耐えられない。という感情が言動として出てきます。
 
 
愛から怒りに変わる例を自分も含めてたくさん見てきました。
相対する人は怒りの言葉からそこに愛があるなんて想像もしないでしょう。
自分の、そして相手の怒りを見極めて、そこに愛がある、と言うことを知っておくのは関係性を健全に保つのにとても役立つと思います。
 
 
あなたの怒りはどこからきてますか?
そして、愛する者の怒りはどこから来ているのでしょう。
 
 
今日も一日笑顔でマインドフルに。。^^

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